ふるさと会津

Sumiです☆

MakiちゃんのNEWふるさと、自然が豊かで素敵な場所だね~(*^。^*)
速攻泳いでいるところが、息子ちゃんらしい(笑)
私も「ふるさと」のことを語りたくなりました。

福島県会津若松市。自然が豊かで歴史ある城下町が私のふるさとです。
会津に生まれ、高校を卒業するまでの18年間、会津で育ちました。
だからかな?私はいわゆる「頑固」です(笑)
「ならぬことはならぬ!」の精神も受け継いでいます。

東日本大震災の影響で、観光客が激減しましたが、NHKの大河ドラマ「八重の桜」の八重さんブームに乗って観光客が増えているので、地元はいささか活気に満ちているように見えました。

お盆の時期は特にどこに行くでもなく、お墓詣りをして先祖の霊をお迎えに行くのが恒例です。
今年は帰省することができたので、まずは母方のお墓へ行ってきました。
母方の先祖は飯盛山に眠っています。

飯盛山の階段

飯盛山の階段。眼下に広がるのは会津若松市内。

飯盛山は戊辰戦争の時、白虎隊が自刃した場所でもあり、白虎隊のお墓もあるので観光地にもなっています。お墓が観光地って、不思議だけれど、歴史を学び、教訓として次世代へ語り継ぐには必要な場所なのだと思います。

この階段を上るのがかなりきついのだけれど、実は坂道を上っていく行き方もあります^^/
飯盛山にある「さざえ堂」経由で行く行き方です。どっちみち上るんだけどね^^;

さざえ堂

上っているのにいうの間にか下りている「さざえ堂」

さざえ堂は国の重要文化財にもなっています。
詳しくはこちらをどうぞ~→

飯盛山

もう少しで広場だよ~

広場に付くと、お線香のにおいが漂い、白虎隊のお墓にお参りする人たちが大勢訪れていました。
この広場の右側に道がありますが、しばらく行くと、目の前が開けてきます。

飯盛山からの眺め

飯盛山から鶴ヶ城が見えます。クリックすると少し大きくなります。わかるかな~?

戊辰戦争の時、白虎隊はここからお城を眺め、城下町が燃えているのをお城が燃えていると勘違いをして、自刃したと言われています。白虎隊のひとり、飯沼貞吉さんが生き残っていたおかげで、後世に語り継がれるようになりました。
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UP後、記事を読んだ会津の友人が数年前に歴史が変わったことを教えてくれました。
近年、飯沼貞吉が残した文章が子孫の家から見つかり、
今では、白虎隊自刃の真相について・・・
このまま官軍に捕まり、醜態をさらすよりかは
皆で話し合い、腹を切ろうと自刃した説に変わったそうです。
知らなかった・・・^^;
さすが、歴女!ありがとうね~☆
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私は会津の春が大好き☆鶴ヶ城に咲き誇る桜は見事!満開もいいけれど、散り際もいいの。桜の花びらが風に舞う桜吹雪は目を閉じるといつでも思い出せます。思春期を迎えた頃、田舎が嫌で嫌で仕方がなくなった時期がありました。
田舎なんてなんにもない。おしゃれな服も売っていない。
田舎に住んでいることに劣等感があって、都会に憧れてました。
会津を出たくて出たくて仕方がなかった。

でも、他の土地で大学生活を送り「ふるさとへ帰省すること」を体験するようになると、徐々にその良さがわかるようになってきました。一番実感したのは、卒業して地元に戻り、大人になって会津で暮らすようになってからです。働いたお金で自由に遊べるようになり、車も運転するようになると、自分の世界がどんどん広がっていきます。
春は鶴ヶ城の満開の桜の下でお酒を飲みながらお花見をして、夏は猪苗代湖でマリンジェット!秋はスカイラインの紅葉!冬は磐梯山ではスキー!仕事帰りにナイターに行けちゃいます(笑)食べ物も美味しいし、温泉も豊富にある!裏磐梯もいい所で、ふら~っとキャンプしに行ったり、星を眺めに行ったり。いいところで育ったんだなぁ~と改めて思いました。

夢をかなえるために再び東京をめざし、そして、群馬、熊本と移り住んできました。
その度に、暮らした場所が「第二のふるさと」になっています。
そこでお世話になった人たちとの交流が今も続いているから、行けば会いたい人がいるから。本当にありがたいことだと思います。

転勤族の私たち家族が落ち着く先はいったいどこになるのでしょう。
娘にも「ふるさと」と呼べる場所を作ってあげたいと思いつつ・・・。

会津で暮らす高校時代からの友人とは、かれこれ25年近いお付き合いです。すごい年月だ(笑)
来年はアラフォーを記念して、久しぶりにみんなで集まっぺ~と話しています。
それもまた楽しみ☆

取り留めのないふるさと談義でした~(笑)